第五十六回金馬獎レポート〜受賞式&プレスセンター編
作品賞は、台湾、香港、マレーシア、シンガポールの5作の中から鍾孟宏(チョン・モンホン)監督の台湾映画『陽光普照(ひとつの太陽)』が獲得しました。すでに東京国際映画祭でも上映されたのでご覧になった方も多いと想いますが、父と子の情愛、家族の崩壊と再生を描いたヒューマン・ストーリーです。
監督はもともと広告界の巨匠ですが、今回は三年間広告の仕事を絶ち映画製作に専念したそうです。これまでどの作品も素晴らしく数々の賞を受賞してきましたが、なぜか興行成績に結びつきませんでした。
「なぜ自分はこんなに映画が好きなのか、夢の中でもカット!アクション!と叫んでいる」という、本当に映画愛に満ちた監督。
「撮影の最後一ヶ月は資金が尽き、投資者の協力でなんとか完成させました。ぜひ皆さん劇場へ行ってこの映画を見て下さい」と言っていました。
また、二度目の監督賞を受賞した時には、「林書宇か自分だと思った」と笑っていました。
新人監督賞を受賞したのは、今年一番の話題作で興行成績も2.6億件をあげた『返校』の徐漢強(ジョン・シュー)。
テレビドラマでは2005年に金鐘奨の単発ドラマ部門で監督賞を受賞していますが、映画はこれが第一作目になります。
「躓いたり転んだりを繰り返した10年でした。別の道に転向した方が良いのではないかと何度も思いましたが、ほかに才能がなかったので…。この映画は特別な物語ですから、子供の頃からのゲーム好きが大きな助けになりました。」と、うれしそうに語っていました。
脚色賞を獲得したのも、ゲームのことを熟知していたからこそ世界観はそのままにした映像化が成功したのでしょう。
主演男優賞は『陽光普照(ひとつの太陽)』から陳以文(チェン・イーウェン)と巫建和(ウー・ジエンハー)がダブルノミネートされていましたが、父親役の陳以文が受賞。
受賞スピーチでは「建和、私が受賞したら自分もうれしいと言っていたのを忘れないぞ」と笑わせてくれました。
『一路順風』から鍾孟宏作品に参加している陳以文は、プレスセンターでクライマックスと言うべき山頂での8分の長台詞の撮影時のエピソードを語りました。「登山の時に体力の消耗が演技に影響するのではないかと心配したので、到着してから監督に15分の休憩を提案した。この15分で自分の準備が整うと思ったから」
今や監督業よりも演技派俳優として、オファーが続いています。
主演女優賞は楊雁雁(ヤオ・ヤンヤン)と李心潔(リー・シンジエ)が最後まで競り合った結果、栄冠は楊雁雁の頭上に。『夕霧花園』の李心潔はとても精彩を放つ演技で近年の彼女の代表作とも言えるでしょうが、『熱帶雨』の楊雁雁は日常の生活の中での押さえた演技が評価され決定したということです。
「スタッフの皆さんが心血を注いで作り上げた『熱帶雨』の世界で、阿玲の暗部も光りの部分にも入り込めました。熱帯雨の雫は、全てみなさんの汗です。ありがとうございました」と、目を潤ませてスピーチしました。
『陽光普照』の劉冠廷(リウ・グァンティン)と『熱帶雨』の楊世彬(ヤン・シンビン)の対決になった助演男優賞は、認知症の台詞がほとんどない役を演じた楊世彬も素晴らしかったということでしたが、登場する度に目に見えない暴力で震撼させる劉冠廷の表現力が秀逸だったということで若手が勝ち取りました。
受賞スピーチでは「母校の台灣藝術大學の皆さん、ありがとうございます。僕を諦めずに演技の道へ進ませてくれました。そして、全ての台湾の母親と同じように、静かに家庭を守ってくれた母に感謝します」と感慨深げに言い、さらっと恋人(女優の孫可芬)への感謝の気持ちも伝えていました。
間もなく出産という張詩盈(チャン・シーイン)は、『我的靈魂是愛做的』での演技により助演女優賞を獲得しました。
「現実は映画の中の出来事より不思議です。こんな幸せが訪れました。私の出番はかなりカットされたのに、見つけて下さった審査員の皆さまに感謝します」とスピーチ。そしてプレスセンターでは「お腹の中の子供に小馬という名前を付けようかしら。英語名はPony」と言って、メディアたちを笑わせてくれました。
新人賞については、審査員の永瀬正敏が日本アカデミー賞のように5人全員にあげることはできないのかという意見を出したそうです。しかし最終的には一人選ばなければいけないということで、弟を思う気持ちとの葛藤などの心情を目の演技でみせた『下半場』の范少勳(ファン・シャオシュン)に軍配が上がりました。
去年BLドラマ『越界』で注目され、『下半場』では聴力障害のある高校バスケット選手を好演、受賞祈願で赤い下着を穿いてきたそうですが、プレスセンダーで赤い靴底を披露してくれました。
ここで受賞者ではなくプレゼンターの話題を。
審査員でもある永瀬正敏が、『KANO』以来のソウルメイトである馬志翔(マー・ジーシアン)と助演女優賞と脚色賞のプレゼンターをつとめました。どの授賞式でもプレゼンターたちはちょっとした小芝居をすることが多く、このふたりの場合は通訳不在でかみ合わない会話をするという演出だったようです。
永瀬「馬さん、脚本はできあがりましたか?僕はいつでもオファーを待っていますから」
馬「ちょっと待って(日本語)」
と言って、さっさとノミネート紹介に入る馬志翔…という具合。
とにかく、このふたりのツーショットだけでもワクワクするので、それで良いでしょう。(^O^)
さて、プレスセンターでは受賞式終了後に審査委員長の総評があり、質疑応答も行われます。その時に、主席である李安にあるメディアから中国が不参加だったのは、金馬奨にとって損失なのでは?という質問がありました。
「損失かと言われれば、もちろん損失です。しかし、受賞作は例年と比べて劣っているとは思いません。今年も素晴らしい作品が集まりました。皆さんも見て分かると思います。
金馬獎は90年代から民間が運営するようになり、政府の組織ではない独立した授賞イベントです。我々はすべての華語、華人の映画が参加できるプラットフォームを開放しています。私自身も30年近く参加してきましたが、多くの先輩たちの努力とサポートで、金馬奨は親近感と団結力のある華人映画界の大家族のようなものです。金馬に参加した事がある全ての人たちが、家に戻ってきたような感覚で、友人たちと互いに助け合い、切磋琢磨する、こういった雰囲気を感じていると信じています。ですから金馬に参加した事がある皆さんは金馬を懐かしく思うのです。そしてそれを皆大切に思っています。
今回のような状況は、我々も迎えたくありませんでした。しかしこの世界に生きている我々は、この状況に向き合うしかありません。我々は最大限の努力を払い、この映画人のプラットフォームを守っています。
今年は参加作品が少なくなったのはもちろん残念ですが、我々の両手は永遠に開かれています。華語の映画や監督を歓迎します。
外の世界のことは我々はコントロールできません。しかし、映画人である我々にとって、互いを信じ、愛する大家族が存在する事を大切に思います。
世界が我々映画を製作する者をもう少し尊重してくれるよう、願ってやみません」
と語り、メディアから大きな拍手が沸きました。
受賞式終了後、金馬主催の祝賀会だけでなく、各作品・受賞者の個別の祝賀パーティーも全て回って受賞者を祝い、受賞を逃した人たちにも慰労と励ましの言葉をかけたという李安、その人柄と見識、全ての映画人を包み込む包容力は、まさに台湾映画界の、いや世界の映画人にとっての“宝”ではないかと思います。
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