第五十七回金馬獎授賞式
第五十七回金馬獎の受賞結果については、すでにお知らせしたとおりですが、今回は現地へ行くことができなかったため、配信での鑑賞と公式リリースなどから、今年の結果について私見を織り交ぜつつお伝えしたいと思います。
今年はいつもと違う日常になりましたが、コロナ感染対策に成功している台湾は、ステージに上がるとき以外は全員金馬奨のオリジナルマスク着用で例年通りの授賞式を実施。
昨年から中国不参加という状況でも金馬奨のルールは変わらず、中国語圏で最も権威ある賞であり続けていることにも敬服です。
「私たちは、いつでも両手を広げて参加を待っている」と言った李安(アン・リー)がこの時期に主席を務めていることは、まさに天命と言えるでしょう。
昨年に続き、シンガポールやマレーシアの新しい才能が参加し、厳しい状況の香港からの作品の健闘も、今年の盛り上がりの一因だと思います。
台湾電視から届いたリリースによると、テレビの平均視聴率は3.97%で、1000万人を越える人が授賞式を見たそうです。
長編劇映画賞の『消失的情人節』、この賞はプロデューサーがトロフィーを受け取りスピーチするのですが、葉如芬(イエ・ルーフェン)が喜びを語りながらも「少し複雑な気持ちです。もう1本『同學麥娜絲』もあるのですが、黃信堯(ホアン・シンヤオ)、あなたはまだ若いからまたチャンスはあります、大丈夫」と気遣うところが印象的でした。
そして「私たちは引き続き映画を作ります、明るい未来のために」と締め、もう一人のプロデューサー李烈(リー・リエ)にバトンタッチ。
「この映画はいま公開中です。まだ見ていない方はぜひ明日映画館へ見に行って下さい」
この2人の女性プロデューサーは、いま台湾を代表するヒットメーカーであり、様々なチャレンジをしている頼もしい方です。
金馬奨史上初という、主演女優賞と助演女優賞のダブル受賞を果たしたのが、81才の陳淑芳(チェン・シューファン)。主演女優賞は『孤味(弱くて強い女たち)』で、助演女優賞は『親愛的房客』が対象作でした。
先に受賞した助演女優賞の時は「馬は1頭で充分。私はアイドルではない、一生俳優として1つのシーン、1つの台詞を大事にしてこれからも演じ続ける」とユーモアたっぷりのスピーチでしたが、主演女優賞の時に再度ステージに上がると思っていなかったということでかなり動揺した様子、客席はスタンディングオベーションでこの快挙を讃えました。
「これは『孤味』のみんなを代表してもらったもの。もし興行成績がもっと伸びたら、みんなに蝦巻を作って食べさせてあげる」と言っていました。
主演男優賞は、台北電影節に続いて『親愛的房客』の莫子儀(モー・ズーイ)。
審査でも最初から群を抜いていて、討論の結果も変わらず決定したそうです。
「監督が僕を起用してくれたおかげです。この受賞は、僕が一番優秀だったからではありません。制作チームのみんなの努力と、ちょっとだけ運が良かっただけです」
と謙虚なスピーチで、最後に「自由と平等、天から与えられた人権、映画、創作、生活に感謝します」と締め、場内から大きな拍手がわきました。
落ち着いた語り口と素晴らしい内容、本当に素敵な俳優です。
助演男優賞を獲得した『同學麥娜絲』の納豆(ナードゥ)は、同作品でノミネートされたもう一人の鄭人碩(チェン・レンシュオ)と『無聲』の金玄彬(キム・ヒュンビン)の3人で決選投票の末、勝ち取りました。
映画の世界に誘ってくれた父と慕う鍾孟宏(チョン・モンホン)監督に感謝し、「監督は僕より金持ちだし才能もある。僕には彼にあげるものは何もないから、健康を祈るだけです。そして天国の祖母にこの賞を捧げたい。歌仔戲の世界に憧れていたおばあちゃんのDNAがぼくに遺伝したのだと思います」と言い、客席の鍾孟宏監督もとてもうれしそうでした。
監督賞と脚本賞は、『消失的情人節』の陳玉勳(チェン・ユーシュン)。
「2つももらったのは想定外だ。実はもし監督賞をもらったら…とスピーチを2ヶ月以上考えて眠れない日もあった。25年でついに手にした。もう引退してもいい」と笑っていました。
監督賞は『日子』の蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)と票が分かれ、30分討論した後の投票で決まったそうです。
脚本を書いているときは孤独なので、実はあまり好きではないそうですが、『健忘村』以後いくつか脚本を書き、友人達が『消失的情人節』が一番良いということで、3年かけ50回書き直してようやくクランクインしたということです。
「過去の自分の経歴を捨てることで、これからの映画作りが成熟すると思う」と言っていました。
新人監督賞を受賞したのは、マレーシアの張吉安(チャン・ジーアン)監督、42才。受賞作の『南巫』は、1980年代末を背景にした民間傳說をもとにした子供時代の半自伝的な物語です。
「この映画は決して凄いわけではない。最も偉大なのは、この映画を創り上げた全ての人。東南アジアの新人に機会をくれた金馬奨に感謝します」と述べ、ヤスミン・アフマド監督について「彼女は映画の師であり、友人でもありました。この作品の脚本を見てもらった1週間後に亡くなりました。ありがとう」と言っていたのが印象的でした。
本作は、アウト・オブ・コンペの国際批評家賞も受賞しています。
激戦の新人賞は、『無聲』の陳姸霏(チェン・イェンフェイ)が獲得。
最後まで競ったのが、香港映画『幻愛』の劉俊謙(ラウ・チュンヒン)だったそうです。
名前を呼ばれた時から泣き出し、ステージの階段を上がる途中で止まってしまい、プレゼンターの范少勳(ファン・シャオシュン)と王淨(ワン・ジン)が手を貸して登壇。
「とても重い役なので情緒不安定になったこともあるけど、監督やマネージャーの気遣いに助けられました。感謝しています」と、最後まで泣きながらのスピーチでした。
オリジナル音楽賞とオリジナル主題歌賞は、伍佰(ウーバイ)がプレゼンターで、ものすごくかっこよかったです。
この時が台湾電視の瞬間視聴率の最高で、5.2%。
オリジナル音楽賞は『親愛的房客』の法蘭(フラン・チェン)、オリジナル主題歌賞が『刻在你心底的名字(君の心に刻んだ名前)』です。
「刻在你心底的名字」を歌う盧廣仲(クラウド・ルー)は、ライブの為高雄から中継で、國父記念館の陳昊森(エドワード・チェン)にリレーするという贅沢な演出。
盧廣仲は金曲、金鐘、金馬と3つの金を獲得したと、とても喜んでいました。
ノミネートが2作の長編アニメーション賞は、『廢棄之城』の易智言(イー・ツーイエン)監督が教え子『藍色夏恋(原題:藍色大門)』の陳柏霖(チェン・ボーリン)と桂綸鎂(グイ・ルンメイ)からトロフィーを受け取りました。
この作品は10年かけて完成したもので、易智言監督は「たいへんなプレッシャーだった。でもそのプレッシャーは幸せの目標でもあった」とスピーチ。
プロデューサーの李烈(リー・リエ)は「この受賞は苦労の代価です。投資者に感謝します」と涙ながらに語っていました。
プレゼンターの二人もウルウルしながら後ろに控え、手を繋いでいる時もあり、とっても素敵でした。
ドキュメンタリー映画賞は、香港の『迷航』が獲得。
この作品は、2011年草の根運動によって民主的な選挙を中国当局に認めさせたことで世界的に知られるようになった烏坎村のその後を記録した作品。今では、あらゆる幹線道路に設置された監視カメラが住民の動きを見張っていて、だれもが当時のことについて口を閉ざす中、運動の中心人物を追い、彼や運動に参加した青年、少年たち、村はその後どうなったのか…という内容。
李哲昕(リー・ジャーイー)監督は「2020年は、この映画で挑戦と充実の年になりました。ドキュメンタリーは想像力のエネルギーです。今回の受賞は香港に戻って新しい作品を撮る原動力になりました」と語っていました。
そして同じく香港の『夜更』が短編映画賞を受賞。
こちらはタクシー運転手の視点で描かれる香港の民主化運動を描いたもので、監督は『十年』の『浮瓜』を撮った郭臻 (クォック・ズン)。
この日は参加することができず、プロデューサーの莊淑芬がトロフィーを受け取り、コメントを代読しました。
「この賞は、しばらく私が預かっておきます。ある日明るい朝が来たら、これを全ての香港人に返します。傷を癒し、休息し、愛し、そして全世界に言いたい。人々の手に自由を」
香港加油!
すでに発表されていた侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の終身成就獎の時は、侯孝賢を父と仰ぐ日本の是枝裕和監督が感動的な前説を行い、プレゼンターの今年の審査委員長で長年のパートナー李屏賓(リー・ビンビン)に繋ぎました。
この日参加した侯孝賢組のスタッフや俳優たちがステージに集合、客席最前列の侯孝賢監督を讃え、スクリーンでは是枝裕和監督が1993年に手がけたテレビドキュメンタリー『映画が時代を写す時』が流れ、場内オールスタンディングオベーションの中、ステージに迎えました。
数々の名作が国際的に評価される偉大な監督というだけでなく、映画を含む台湾のエンタメシーンに多大なる貢献を続ける侯孝賢監督。いつものようにカジュアルスタイル、満面の笑みでトロフィーを受け取りました。
授賞式終了後、李安主席は例年と同じく各作品の祝賀会をもれなく回って、みんなを祝い、励ましたそうです。
本当に台湾の至宝ですね。
来年は、またいつものように現地へ行って李安主席のご尊顔を拝めるよう、ただただ祈りるばかりです。
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