東京国際映画祭、台湾映画『足を探して(原題:腿)』と桂綸鎂(グイ・ルンメイ)
敗血症で亡くなった男の妻が、切断され行方不明になった夫の右足を探すというのが骨子の映画ですが、構想のきっかけは監督自身の身近に起きたことだったと、Q&Aで語っていました。
鍾孟宏監督の『停車』は、二重駐車で車が出せなくなった男(妻役が桂綸鎂)が、邪魔な車の持ち主を探して色々なアクシデントに巻き込まれていく話ですが、こちらは夫の足を探す為に自らトラブルを起こしていく周囲にとっては"迷惑な女"の物語。
プロデュースと撮影が鍾孟宏ということで、冒頭の搬送車の俯瞰ショットは『失魂』を思い起こさせ、劇中のブラックユーモア・テイストも鍾孟宏ワールドを楽しませてくれます。
そして、なんと言ってもこの映画のトピックは、主人公の"迷惑な女"に桂綸鎂をキャスティングした事と言えるでしょう。
監督の話だと、当初は他の俳優が決まっていたそうですが、クランクイン直前に降板、あわてて次候補を探したということでした。
主人公は社交ダンスで国際舞台を目指すという設定のため、ダンスの基本があり知名度のある女優…ふと思いついた桂綸鎂ではありましたがイメージが違うのでは、ということと、新人監督のオファーなど受けてくれるはずもないと思いつつもプロデューサーの鍾孟宏に相談。
鍾孟宏はこの役にふさわしいと後押しし、桂綸鎂もまた脚本を読んでこの物語と役が気に入り、思いがけず決まったと監督が言っていました。
『藍色夏恋』の鮮烈なデビューから、『言えない秘密(原題:不能說的秘密)』、『台北カフェストーリー(原題:第36個故事)』などミューズ化された桂綸鎂が香港や中国映画に出演することが多くなったのは、役の幅を広げるためだったと思えます。
2010年の香港映画『密告・者(原題:綫人)』、2014年の『薄氷の殺人(原題:白日焰火)』、そして今年日本でも公開された『鵞鳥湖の夜(原題:南方車站的聚會)』など、台湾ではなかなか機会のないチャレンジングなキャラクターです。
最初の方で本作を『停車』になぞらえたのも、実はこの時桂綸鎂は主人公の妻ではなく、中国から来た娼婦の役を演じたかったと当時のインタビューで聞いていたので、すでに2008年時点で桂綸鎂は自分の殻を破りたかったのではないかというのが、私の想像。
金馬奨で主演女優賞を獲得した『GF*BF(原題:女朋友、男朋友)』はもちろん素晴らしかったけれど、青春映画のミューズの延長と言えます。もっともっと冒険がしたかったのではないかと思える桂綸鎂に対し、ミューズの呪縛から逃れられなかったのは台湾の監督達ではないのか…。
今回オファーを躊躇した張耀升監督に、「適役ではないか」とアドバイスした鍾孟宏プロデューサーは、『停車』の時の娼婦希望を「イメージに合わない」と却下した張本人。おそらく、それ以降の桂綸鎂のキャリアと実績を見ての評価だったのではないでしょうか。
本作での桂綸鎂は、病院中を振り回すめいわく女ぶり、ヤクザを相手に堂々と駆け引きする姐御ぶり、そして何よりダメ男と知りつつ夫への思いを見事に表現し、女優としいての第三形態を見せつけてくれました。
今週末の金馬奨に4度目のノミネートとなっていますが、再び主演女優賞のトロフィーを手にするのか、とても楽しみです。
さて、ほかの俳優についても書いておきましょう。
夫役の楊祐寧(ヤン・ヨウニン)、硬質なイメージを持たれている彼が何をやっても失敗するダメ男の典型を説得力あふれる演技で見せてくれたのは、正直意外でした。ダンスペアとしての立ち姿が美しいのも、ポイント高いです。
鍾孟宏組のくせ者揃いのキャストの中で、違和感のない異彩を放っていたと言えるでしょう。
金馬奨の新人賞を受賞した『ぼくの恋、彼の秘密(原題:十七歲的天空)』に次ぐ代表作を、早く見せてくれることを願っています。
夫の親友役張少懷 (チャン・シャオファイ)は、相変わらず良い味で物語を支え金馬奨の助演男優賞にノミネート、少ない出番ながら警官役の陳以文(チェン・イーウェン)や賭場のヤクザ施名帥(シー・ミンシュアイ)、本当にちょとしか映らなかった納豆(ナードゥ)など、鍾孟宏組の俳優たちの個性はアクセントとして最強。
外科医役の李李仁 (リー・リーレン)や院長を演じた金士傑(ジン・シージエ)、最後のトラック運転手役には黃健瑋(ホアン・ジェンウェイ)を配するなど、台湾映画ファンにはうれしすぎます。
鍾孟宏組の俳優に出て欲しいと思い、脚本も彼らにあわせて書いた監督の思いを受け、鍾孟宏がサポートしてキャスティングしたそう。
また、最初と最後に出てきて良いところを持って行く新世代俳優の代表である劉冠廷(リウ・グァンティン)、いま台湾で最も期待される俳優として十分な働きぶりです。
去年は『ひとつの太陽(原題:陽光普照)』で助演男優賞に輝きましたが、今年は陳玉勳(チェン・ユーシュン)監督の『消失的情人節』で主演男優賞にノミネートされています。
台湾では12月24日の公開予定なので、まだあまりプロモーション記事は出ていませんが、金馬奨の結果でまた色々展開が変わってくるかも知れません。
『足を探して(原題:腿)』
監督・脚本:張耀升(チャン・ヤオシェン)
プロデュース・脚本・撮影:鍾孟宏(チョン・モンホン)
出演:桂綸鎂(グイ・ルンメイ)、楊祐寧(ヤン・ヨウニン)、張少懷 (チャン・シャオファイ)、陳以文(チェン・イーウェン)、金士傑(ジン・シージエ)、李李仁 (リー・リーレン)、施名帥(シー・ミンシュアイ)、納豆(ナードゥ)、黃健瑋(ホアン・ジェンウェイ)、劉冠廷(リウ・グァンティン)
東京国際映画祭の作品紹介ページ
https://2020.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3304WFC17
オンラインQ&A
https://youtu.be/EHlAsJbizs4
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