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2020/11/19

東京国際映画祭、台湾映画『弱くて強い女たち(原題:孤味)』の行間を味わう

1119guwei1東京国際映画祭で上映された台湾映画『弱くて強い女たち(原題:孤味)』が、台湾では11月6日に一般公開となり、いま台湾の金馬影展では観客投票1位をここ数日キープしています。
一般公開の興行収入も好成績で推移しており、人生の機微を描いた本作は台湾の人々の心をガッツリと掴んでいるようです。
私も東京国際映画祭で見て感激し、数年ぶりの"出会えて良かった一作"になりました。
監督は、これがデビュー作となる許承傑(シュー・チェンジエ)。2017年の同名短編映画を長編にした作品で、徐若瑄(ビビアン・スー)が廖慶松(リャオ・チンソン)と共にエグゼクティブ・プロデューサーをつとめている事も、話題になっています。
21日に発表される金馬奨で、主演女優賞、助演女優賞、新人監督賞、脚色賞、音楽賞、主題歌賞の6部門にノミネートされています。
(以下の記事にはネタバレも含まれますので、予めお断りしておきます)

1119guwei2本作は、東京国際映画祭のオンラインQ&Aでも監督が言っていたように、自身の祖母の体験からヒントを得て、ニューヨーク留学中に卒業制作として作った短編がもとになっています。
台南で夫に出奔され蝦巻を揚げながら3人の娘を育てあげた女性が、70才の誕生日パーティの日に夫の訃報がもたらされ、慌ただしく進める葬儀の準備の中、3人の娘たちとその家族、そして夫を看取った愛人らの人間模様が描かれていきます。
登場人物の多さも、それぞれの役とエピソードが過不足なくきちんと書き込まれているので、感情移入しやすく、何より心を掴まれたのは、映画の"行間"。
直接的な映像や台詞でなく、作品の流れの中に置かれた行間で、出て行った父親の人となりであったり、その妻である母親の隠れた心情が見えてくる(感じられる)のです。

1119guwei3父親が台北に行くと必ず買ってきたお土産が、明星珈琲館の俄羅斯軟糖(ロシアンマシュマロ)ということから、彼がアート指向の青年だったのできないか、と想像できます。
台湾好きの方ならご存じのことですが、明星珈琲館は台湾の若手文学者が集い、文学や人生、台湾の未来について語り合うサロンになった場所。
おそらく文学青年だったこの男は、夢を追い現実と折り合いが付かないまま家庭を持ち子供が生まれ…という状況だったのではないでしょうか。

主人公が大切にとっておいた昔のラブレターを読み返し、複雑な思いを馳せるシーン。
そして愛人と過ごした晩年に、よくラブレターの代筆をしてもらったというホステスたちの思い出話。
きっと、とっても素敵な文章を書く人だったのでしょう。

1119guwei4このアート指向のDNAは長女に受け継がれ、彼女はダンサーになり束縛を嫌います。長女に夫と同じものを見た母親は戸惑い、それが確執となって距離ができてしまった…とも考えられます。
主人公の夫に対する憎しみは、深い愛の裏返しでしょう。
夢を追う文学青年に惹かれた主人公は、最初は彼を支えるため必死で働き生活という現実を一人で背負い、夫は妻の実家の預金通帳を持ち出して家出…。

しかし、映画の終盤で通帳を持ち出したのは自分だと、主人公が告白します。
たぶん夫の夢の実現のためにしたことだったのでしょうが、通帳がなくなったことが実家に知られることとなり、夫は妻をかばって自分が悪者になって出奔…これも、愛です。

1119guwei5出て行った夫の葬儀にこだわり、そして最後を看取った愛人に正妻としての喪主の座を譲るという決断をもって「借りは返した」と言い、ようやく夫を手放すことができた主人公。
深すぎる愛の終焉。
こういったケジメの付け方までの感情と理性の葛藤を、陳淑芳(チェン・シューファン)は見事に見せてくれました。

そして、愛人を演じた丁寧(ディン・ニン)は雰囲気あるたたずまい、控えめで静かな強さの表現は、さすがの演技力。
2018年に『幸福城市』で金馬奨の助演女優賞を受賞したベテランならでは、です。

3人の娘たちと孫のキャラクターも、父親と過ごした時間と距離がとてもよく考えられて書き込まれ、それぞれの女優が好演していました。
両親の蜜月期からの変化と自分の中の"父親"への思い、母親の苦悩を幼いながらも受け止めざるを得なかったという長女役を、謝盈萱(シエ・インシュアン)が的確かつ魅力的に演じて助演女優賞にノミネート。
プロデューサーも兼ねた徐若瑄(ビビアン・スー)は、母親の期待を追わされた次女として、自由な姉への羨望もありつつ自身の生き方との折り合いをつけた強さが感じられました。

1119guwei8留学よりも母の店を継ぐことを決意した末娘を演じた孫可芳(ソン・カーファン)は、唯一父の愛人と連絡をとっている自己主張のはっきりした女性を、手堅く演じています。
新人俳優育成プロジェクトQプレイスの出身の期待の若手だけに、本作で広げた役の幅を今後どう生かしていくか、楽しみです。
そして孫娘役の陳姸霏(チェン・イエンフェイ)は、東京フィルメックスで上映された『無聲』の強烈なヒロイン像とはうってかわった屈託のないおばあちゃん子で、なごみ全開。
今年の台北電影節の「非常新人(Supernova)」の一人に選ばれた期待の新星で、伸びしろはたっぷりあります。

さらに、経済的な事情からシンガポールに養女に出した実の三女が父の葬儀に参列するという設定は、一家の事情と歴史の一端を表すエピソードとして、とても良いアクセントだったと思います。
これを演じた張鈞甯(チャン・チュンニン)、台湾映画にはお久しぶりの特別出演という短い出番ながら、とても良い仕事をしていました。

1119guwei7物語の核となる父親役、青年期の楊一展(ヤン・イージャン)から晩年の龍劭華(ロン・シャオホア)というリレーは、二人とも良い俳優というだけでなく、雰囲気がマッチしていて、ベストキャスティングだったと思います。

最後は号泣でしたが、こんなに暖かくて気持ちの良い涙は久しぶりでした。
また見たい、何度でも見たいと思う秀作です。

東京国際映画祭の作品紹介ページ
https://2020.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3304WFC18

TIFFトークサロン『弱くて強い女たち』許承傑監督Q&A
https://www.youtube.com/watch?v=VeKprjiotDs

1119guwei6『弱くて強い女たち(原題:孤味)』
監督:許承傑(シュー・チェンジエ)
脚本:許承傑(シュー・チェンジエ)、黃怡玫(ホアン・イークイ)
出演:陳淑芳(チェン・シューファン)、謝盈萱(シエ・インシュアン)、徐若瑄(ビビアン・スー)、孫可芳(ソン・カーファン)、丁寧(ディン・ニン)、陳姸霏(チェン・イエンフェイ)、張翰(チャン・ハン)、龍劭華(ロン・シャオホア)、楊一展(ヤン・イージャン)

★リンクは有り難いのですが、写真や記事の転載は固くお断りします。

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